2017/06/05 15:16


この2ヶ月よく買い物した。

ものをつくって売るようになってあまり物を買わなくなっていた。


箭内道彦が「買い物は投票になった」と言った。
まぁそうなんだろうなぁと思うが、もうちょっとしっくりくる言葉があるような。

最近思うのは、じぶんが持っている衣服。または身の回りの生活用品。

それらを使うとき身につけるとき、その品を誰が作ったか認識できるか否か。
さらにいうとその作り手の顔を(できれば笑顔を)知っているかどうか。

ただよいものを作りたいと思ってる職人が、なぜよいものをつくりたいと思っているのか。

あなたが売りたいものはなにか。
わたしが買いたいものはなにか。

ストーリーが商品になるとき。
シュチュエーションが商品になるとき。
思想が、理念が、商品になるとき。


最終的に人じゃないの?と。

需要と供給でいうと確実に供給のほうがまさっているのに、それでもなお枯渇している感じはなぜか。
価値の所在はどこなんだろう。


だれがつくったか、つくったひと(ひとたち)が、なにを、だれを大切にしているか。
知ることが、または想像することができるなら。物を買って後悔しなくて済む気がする。

そうなったらきっと断捨離する必要もなくなる。